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「薬物で問題を起こした芸能人は去れ」と言っている人たちへ

2019年7月12日

「明日から毎日テレビに出してあげるから、これからは芸で身を立ててね」 と言われたら、あなたにはできますか?

芸能人が違法薬物を使用して検挙されたり問題を起こしたりすると、それを非難して「芸能界を去れ」という人が多いのですが、これは誤りです。その理由について、説明します。

薬物依存症、現在は物質使用障害(アルコールであればアルコール使用障害)と呼ばれますが、これは国際疾病分類(ICD)にも明確に定められている通り、病気です。その診断基準には、

などがあります(全部が当てはまらなくても良い)。

さらに、実際には中毒症状を加えてもいいでしょう。たとえば覚醒剤であれば興奮、アルコールであれば興奮と臓器障害、マリファナであれば長期的な人格変化などです。中毒そのものは分類上は別の疾患の扱いですが。

また、ストレスを適切な方法で解決しようとせず、薬物の使用でごまかす生活パターンをとるようになるため、周囲からの評価が下がっていきます。

物質使用障害から回復するためには、その薬物を使用しなければ良いわけです。しかしこれがそう簡単にはまいりません。

ひとつは、薬物を摂取することによって、上記の診断基準にもあるとおり「また使いたい」という強い欲求が起こるためです。「そんなのは意志を強く持てば止められるのではないか?」と考えがちですが、実はこれが難しいのです。薬物に対する欲求の強さは意志の強さを遥かに超えたものです。快感を司る脳内報酬系という神経系の働きが正常でなくなっているためということが確認されています。

個別の例を挙げましょう。覚醒剤を止められなくなったあるスポーツ選手がいました。この人はオリンピックに出場した経験があります。オリンピックに出るくらいですから、生活のすべてをなげうって競技に人生を捧げてきた人です。ですから強靭な意志の強さがあるはずです。しかしこの人は治療を受けるまでは覚醒剤を止めることができませんでした。

また、薬物を使用し続けることはエアコンのある生活に例えられます。薬物を使用すると嫌な気分が忘れられますから、やらなければならないことがあっても後回しにして薬物を使ってしまいがちです。エアコンも同じで暑さや寒さという嫌なことを忘れさせて快適な生活を提供してくれます。

しかし、「今日からはエアコンを一切使わないで生活してください」といわれたらどうですか? エアコンに慣れた現代人はたちまちまいってしまうでしょう。

回復が難しいもう一つの理由は、薬物で嫌なことを回避するという生活パターンが身についてしまっているため、薬物を止めたときにどうしていいのかわからなくなってしまうからです。そこでストレスがあると再使用に走りがちです。

ではどうすれば良いのか? 一番いいのはまず治療です。治療はどういうことをするのか? 専門医が行っている治療は、実は、患者教育なのです。

物質使用障害というのはどういう病気なのか? それが起こる仕組みは? 止め続けるためにどういう工夫をしたら良いのか? そのようなことを教わっていきます。また、同じ疾患を持つ人達の集まりである自助グループ(代表的なものはNA)も紹介されます。また、症状の重いかたは薬物のリハビリテーション施設として民間のDARC(ダルク)を活用する場合もあるでしょう。田代まさしさんは回復が進み、現在DARCのスタッフとして活動されています(その後再使用がありましたが症状ですので仕方ありません)。

違法な薬物使用者は刑務所に入れてしまえ、という意見もあります。確かに隔離された場所に入れば薬物を使わなくて済みます。しかし、それは隔離されているから仕方なく使わないだけの話です。人間は薬物が手に入る環境でも健康に生活していかなければならないのです。このような隔離というやり方ではその方法を学ぶことができません。過去に医療機関でも行われてきた方法ですが、まったく無意味であることが研究で明らかになっています。アルコール医療の分野では1960年代にすでにこれに気づいていた先生がおられました。久里浜病院(現・久里浜医療センター)におられた堀内秀先生と河野裕明先生です。

以前から刑務所内でも薬物やアルコールに関する教育が行われるようになりました。昔の話ですが、私もある初犯刑務所に講師として教えに行っていたことがあります。

いまでは刑の一部免除制度もできました。治療を受けることを条件に、刑を軽くするのです。

で、患者教育を受けて回復が進んだ段階でどうするか? やはり、それまでやっていた仕事に戻るのが自然でしょう。若いときから芸能界に居た人がいきなり「ネクタイ締めてサラリーマンやれ」とか「工場で作業をしろ」と言われても、酷な話ではないでしょうか。もしあなたにそれを置き換えてみたら? それが、冒頭のセリフです。やり慣れない仕事でストレスが溜まったらまた薬物を使ってしまうかもしれません。

薬物・アルコール医療の先進国の米国では多くのアーティストが病気から回復して活動を続けていることは言うまでもありません。政財界の要人でも同様です。米国では治療を受けることは恥でも何でも無いのです。また治療する側も、アルコールから立ち直って依存症を診療している医者とか、薬物から回復した臨床心理士とかがうじゃうじゃいますから、日本とはレベルが違うな、と感じさせられます。


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