まず言葉について補足しておきたい。
「AM放送」という用語は間違っていないのだが、無線工学的な意味で本質的なことを言えばAM放送というよりも「中波放送」の終了である。今後この文章の中では中波放送と記す。
AM、FMというのは、音声など意味のある情報を電波に乗せるときの形式の違いである。AMは振幅変調、FMは周波数変調である。
AM放送は電波の「中波帯」で行われている。FM放送は「超短波帯」である。これらは電波の周波数の違いである。波長の違いと言っても同義である。この周波数の相違により電波の伝わり方が違ってくるので、AM放送終了時に問題を引き起こすことが予想できるのである。
中波帯の電波は波長が長いことから「波」の性質が強く現れる。どういうことかというと、回折という現象が起こるのである。回折とは波が障害物の向こう側に回り込む性質である。この性質があるため中波帯の放送は山の陰でも聞こえるのである。流石にトンネルの中までは届かないが。
FM放送の超短波帯になると電波はまっすぐに進む性質が強くなり、回折が起こりにくくなる。山の向こう側はおろか、鉄筋のビルの後ろでももう聞こえなくなる。だから、FM放送オンリーになると必ず不感地帯が増える。ここが第一の問題点である。
もうひとつ違いがある。それは中波は夜間に上空の電離層で反射されてかなりの遠距離に届く点である。たとえば東京のNHK第1放送(594kHz)は夜間にはほぼ全国で受信できる。地方の放送局も関東で受信可能だ。北海道放送(1287kHz)、東北放送(1260kHz)、ラジオ大阪(1314kHz)などは特によく入感する。これに対して超短波は電離層を突き抜けてしまうため、遠距離局は聴けない。
この性質が何に使えるかというと、災害時の放送である。たとえば関東に大地震が来て停電や送信所の崩壊が起こったとしても、夜間になれば大阪や札幌の放送を聞くことができるのである。
かつてはラジオNIKKEIが短波で放送されていた。短波は周波数を選べば昼間でも全国で聴けた。平日は株式市況、休日は競馬を放送していたことで有名だが、有事の際には放送局ひとつで全国に情報が送れる局だったのである。なお現在はインターネットで放送をおこなっている。
上のような理由で、ラジオ放送をFMのみにするのは危険なのである。
国が中波放送廃止を決めた理由は「AM送信装置の維持は費用がかかるから」ということだそうだ。たしかに中波放送には巨大なアンテナが必要である。これはラジオが稼げなくなったから、という説明が一応はなされている。
写真左:茨城放送県西局のアンテナ。現在は停波。茨城県筑西市。
写真右:RKB毎日放送のアンテナ。海の中にある。福岡市東区和白付近。
しかし本当の理由は別なところにあるのではないかと私は考えている。それは、電力線通信、いわゆる電灯線インターネットである。
インターネットは光ファイバーなどの専用線を使ってプロバイダに接続するのが普通のやり方であるが、専用線を敷設するのが面倒なので電力線を使うという方法がある。
だが電力線はコンピューター通信に使われる高周波電流には向いていない。通信信号が電波として漏れてしまう。漏れた電磁波は中波ラジオに電波障害を引き起こすのである。
カーラジオを聴きながら走っているとブーンとかシャリシャリとか変なノイズが強い場所があってラジオが聞き取りにくくなることがよくあろう。この一部は電灯線インターネットの影響である。昔はなかった現象である。
この電波障害を防ぐために中波放送をなくしてしまえということであれば、あまりに無謀な発想ではないだろうか。