日本人の質は下がっているか?という問いに答えることは難しい。何をもって質を測定するかがはっきりしないからだ。
しかしそれでは話が進まないので、私がいつも気になっている交通ルールを例にとって考えてみる。
ここ10年ぐらいの変化として自動車の運転で間違ったやり方をする者が増えてきた。
まず合図(ウィンカー)である。曲がるときは交差点の30メーター手前から合図を出さなければならない。だがこれをしていない車が非常に多い。というか、私の地域ではほとんどがそうである。彼らがどうしているかというと、曲がる直前に合図を出すのである。とくに目立つのは右折車線においてである。
「自分は右折車線にいるのだから周囲の車は自分が右折することは当然だと考えているはず」だというのだろうか。心情としては分かるが安全を考えると甘すぎる。
右折車線にいる車が右折の合図を出していない場合、その車は直進しようとしている可能性がある。これには2つのケースがある。ひとつは間違って右折車線に入ってしまった場合。もうひとつは右折車線であることを知らない場合だ。そうではないことを示すため、右折する30メーター手前で合図を出さなければならないのである。
左折の場合もまったく同じである。左折専用車線でももちろん手前から合図は必要だ。左折専用車線でない場合はもっと合図は重要で、直前で合図を出されると後続車がスピードを落とすのが遅れるため追突の危険がある。さらに言えば、ブレーキをかけるより前に合図を出す必要があるということだ。
また、合図を出さないで曲がる車もいる。他に車がいないような場所が多い。しかし、車が見当たらなくても歩行者があなたの車の合図を見て道路の横断の可否を決めていたりするのだ。とにかく合図は自分のためではない。他者のためのものなのである。だから必ず出すことが必要だし、前もって出す必要もあるのである。
もう一つ重要な合図がある。車線変更のときのものだ。
右折車線がある場合はそこに入るための車線変更するわけだが、動作開始3秒前から合図を出さなければならない。実際には合図が遅れているどころか出さない車がほとんどだ。車線に車線変更するための合図と右折の合図はまったく別物だが、後者だけやればよいと思っている車が非常に多い。
もう一つ重要なルール無視は、曲がるときに反対方向に膨らむことである。
言うまでもないが、右折車線のない交差点での右折の場合は車を車線のできるだけ右側に寄せなければならない。この場合、道路の中央線を右のタイヤが踏んでしまうくらいで構わない。
ところがこれの逆をやる車が非常に多い。こうすると直進車が後ろにいるとき右折車をすり抜けて進めなくなる。こんなやり方は教習所で絶対に教えていない。反対に左折車の場合は右に膨らむものが多い。いずれにしても危険である。
左折の場合は巻き込み事故を避けるため、という考えもあろう。しかし巻き込み防止はミラーと目視で確認すればじゅうぶんであり、右に膨らむのはまったく意味がない。もちろん長大な車両が細い脇道に入る場合は例外である。
なぜこのような運転をするのかアンケートを取った人がいる。それによると、一番多かった答えは「カッコイイから」だったそうだ。馬鹿じゃなかろうか。
しかしこれは二輪車の運転のしかたであり、四輪車は曲がる方と同じ方向に寄せるのが決まりである。
以上述べてきたようなルールの無視は30年前にはあまりなかったことである。本当にここ10年から20年の話である。しかも、少数のならず者だけがやっているわけではなく、むしろおかしなことをする者のほうが圧倒的に多いという現象が起こっているのだ。これは日本人そのものの性能が低下していると考えたほうが自然である。
このような人間の質が低下しているような現象が起こっているとき、多くの人は社会心理学的な原因を考えてしまう。ヒトが社会的な動物だからだ。たとえばテレビの影響だとか、政治が悪いとか、いろいろなものの権威が弱まっているからだとか、家庭のしつけがなっていないからだ、などの仮説である。これらの仮説は若者がすぐ仕事をやめてしまうことや、病気の質が変わってきたことの理由付けにも利用されることがある。
しかし、このような「周囲に引きずられて」理論も考慮することは大事だが、生物学的な原因も考えなければならないのではないかと私は思う。その一つとして環境汚染がある。
現代ではかつてのような、ヒトの健康にただちに害を及ぼすような派手な汚染は影を潜めた。たとえば有機水銀やカドミウム、NOxなどである。
しかしながら、日々多くの新しい化学物質が作られている。たとえば車の出す二酸化炭素よりもガソリン添加物による汚染、あるいは様々な食品添加物、そして怪しげなサプリや市販薬、さらには医薬品も例外ではない。また産業界では二酸化炭素の排出削減には熱心だが、工場から出てくるものはそれだけではない。
これらの化学物質は地球上に誕生して歴史が浅いものが多い。だから長期間接種し続けたときに動物にどういう影響を与えるのかわかっていないものがほとんどである。かつて言われた「環境ホルモン」という考え方も同様である。
その中でも医薬品はかなり厳密に研究が行われているので影響が知られているほうである。それでも発売から10年、20年以内の薬は多い。こういう薬を長期に服用したときの影響は当然時間が経たないとわからない。
「新しい化学物質」が脳や遺伝子に作用してヒトの行動を変えている可能性は十分に考えられる。しかも複数の物質による相互作用も考えなければならない。これらを調査することは気が遠くなるほど大変な作業であるが、研究者にはぜひともやってほしいところである。そして国もそのような研究を奨励し、援助しなければならない。